ケーキの変動
トラックバックテーマに、「好きなケーキの種類を教えてください」というお題が届いたので乗ってみる。単刀直入に申せば、私の好きなケーキは、
モンブランだ
ケーキ屋であればまず置いてある昔からの定番であり、それでいて他のショートケーキ系とはどこか毛色のちがうたたずまいが陳列の中でも独特の存在感を示してくれる。実際に食べてみると細く絞って渦を巻いてるマロン味クリームの、少々ざらつく食感と甘味は、生クリームだけでは味わえない奥の深い口福を満たしてくれる。基本的には頂き物で食べる代物だが最近は、定番の黄色いアレではなく店ごとの工夫をこらしたモンブランがあることも多いのもまた新しい楽しみとなっている。
無節操な話になるが、子供時代の私は今とは逆に、ケーキの箱から決してモンブランを選ぶことはなかった。モンブランが嫌いだったのではない。より精密な表現を試みれば「どの観点からも、モンブランを第一候補に選ぶことが出来なかった」だろう。理由も明白であり、あのマロン味がどこか和菓子的なイメージをわずかながらに漂わせてしまい、現在よりも口にする機会がずっと少なかった洋菓子を食べるチャンスの時に、もっと洋菓子然としている他のケーキを優先して選んでしまっていたからである。
まったくもって
食い意地の張り具合と過剰な論理付けがまるで成長していない
だが、それがいい。
(久しぶりに、ブログ内でこの台詞を出た)
※様々なモンブラン(一部間違いあり)

モンブランだ
ケーキ屋であればまず置いてある昔からの定番であり、それでいて他のショートケーキ系とはどこか毛色のちがうたたずまいが陳列の中でも独特の存在感を示してくれる。実際に食べてみると細く絞って渦を巻いてるマロン味クリームの、少々ざらつく食感と甘味は、生クリームだけでは味わえない奥の深い口福を満たしてくれる。基本的には頂き物で食べる代物だが最近は、定番の黄色いアレではなく店ごとの工夫をこらしたモンブランがあることも多いのもまた新しい楽しみとなっている。
無節操な話になるが、子供時代の私は今とは逆に、ケーキの箱から決してモンブランを選ぶことはなかった。モンブランが嫌いだったのではない。より精密な表現を試みれば「どの観点からも、モンブランを第一候補に選ぶことが出来なかった」だろう。理由も明白であり、あのマロン味がどこか和菓子的なイメージをわずかながらに漂わせてしまい、現在よりも口にする機会がずっと少なかった洋菓子を食べるチャンスの時に、もっと洋菓子然としている他のケーキを優先して選んでしまっていたからである。
まったくもって
食い意地の張り具合と過剰な論理付けがまるで成長していない
だが、それがいい。
(久しぶりに、ブログ内でこの台詞を出た)
※様々なモンブラン(一部間違いあり)

編集王
「俺節」「競馬狂走伝ありゃ馬こりゃ馬」などの作者である漫画家の土田世紀さんが、4月24日に肝硬変のため死去した。43歳の若さであり、もっとベテラン作家だと勝手に思っていた私を驚かせた。劇画的タッチを色濃く残した画風で描く、泥臭くも人情あふれるストーリーが魅力だった。追悼の意も込めて、代表作の一つ「編集王」の紹介記事を書いてみたいと思う。
チャンピオンを目指す万年10回戦ボクサーの主人公桃井環八(通称カンパチ)は、網膜剥離の診断を受け引退を余儀なくされた。そのため兄貴分と慕う幼馴染の勧めで漫画週刊誌「ヤングシャウト」編集部を新たな戦いの場として飛び込むことを決意する。直情気質のカンパチにとって、漫画編集の世界は商売の思惑や大人の打算が渦巻く、ある意味汚れた業界に映った。それでも漫画というジャンルに惚れ込む様々な関係者の情熱に触れ、カンパチは漫画編集業へ体当たりでぶつかっていく。
「編集王に俺はなる」とか叫んだりはしてないが
この作品の特色であり凄いところといえば、およそ20年近く前に発表されたにも関わらず、作内で提示されたテーマがほとんど風化していないことであろう。例示すると、
・漫画家自身の意思では終わらせれない人気作品
・コミックマーケットそして18禁パロディ同人の是非
・本人が描いていないベテラン大御所作家
どれもこれも、現在でも該当する事例が挙げられそうな根深い問題ばかりである。業界の停滞の象徴であるというネガティブな視点もあるかもしれないが、むしろこの漫画の先見性を賞賛すべきなのではないだろうか。なお三番目の話で出てきた大御所漫画家「マンボ好塚」は、名前といい酒びたりなところといい率直な連想で出てくるのはこの方かと思えるのだが、
モデルに特定の人物はいない
となっているのは、wikipediaなりの配慮なのだろうか。
(実際には、複数の作家の負のエピソードを組み合わせたキャラクターのようです)
私個人が印象に残っているエピソードは、天才肌で破滅型の人気漫画家が投げかけてくる、ビジネスとしての漫画の主役とは誰かを問う話である。編集者や印刷所の迷惑を顧みない彼に憤るカンパチに、「お前達は俺の漫画の才能に乗って商売をするつもりなら、そこに出来るだけの便宜を図るのも仕事のうちだろう」とその漫画家は平然と言い放った。この発言だけを取れば傲慢の極みではあるが、むしろ近年になって表面化してきた漫画家と編集者の軋轢を思えば、どちらが主であるかというテーマは現在でもデリケートな問題として存在している普遍性の高いものであり、考えさせられる。
生々しい主題を描く本作だが、どの章も最終的には一定のハッピーエンドが用意されており、読後感は決して重過ぎない。加えて筆者の妙なギャグセンスが時おり炸裂したりするので、シンプルに娯楽漫画としても楽しめる作品である。作内の漫画タイトルに、
「ぬかずヌルハチ」「ダイナマイト青春」とか付けちゃうのは
これまた一つの才能に違いはあるまい
目にする機会があったら一読をお勧めしたい。そして故人の冥福を心より祈らせていただきます。
チャンピオンを目指す万年10回戦ボクサーの主人公桃井環八(通称カンパチ)は、網膜剥離の診断を受け引退を余儀なくされた。そのため兄貴分と慕う幼馴染の勧めで漫画週刊誌「ヤングシャウト」編集部を新たな戦いの場として飛び込むことを決意する。直情気質のカンパチにとって、漫画編集の世界は商売の思惑や大人の打算が渦巻く、ある意味汚れた業界に映った。それでも漫画というジャンルに惚れ込む様々な関係者の情熱に触れ、カンパチは漫画編集業へ体当たりでぶつかっていく。
「編集王に俺はなる」とか叫んだりはしてないが
この作品の特色であり凄いところといえば、およそ20年近く前に発表されたにも関わらず、作内で提示されたテーマがほとんど風化していないことであろう。例示すると、
・漫画家自身の意思では終わらせれない人気作品
・コミックマーケットそして18禁パロディ同人の是非
・本人が描いていないベテラン大御所作家
どれもこれも、現在でも該当する事例が挙げられそうな根深い問題ばかりである。業界の停滞の象徴であるというネガティブな視点もあるかもしれないが、むしろこの漫画の先見性を賞賛すべきなのではないだろうか。なお三番目の話で出てきた大御所漫画家「マンボ好塚」は、名前といい酒びたりなところといい率直な連想で出てくるのはこの方かと思えるのだが、
モデルに特定の人物はいない
となっているのは、wikipediaなりの配慮なのだろうか。
(実際には、複数の作家の負のエピソードを組み合わせたキャラクターのようです)
私個人が印象に残っているエピソードは、天才肌で破滅型の人気漫画家が投げかけてくる、ビジネスとしての漫画の主役とは誰かを問う話である。編集者や印刷所の迷惑を顧みない彼に憤るカンパチに、「お前達は俺の漫画の才能に乗って商売をするつもりなら、そこに出来るだけの便宜を図るのも仕事のうちだろう」とその漫画家は平然と言い放った。この発言だけを取れば傲慢の極みではあるが、むしろ近年になって表面化してきた漫画家と編集者の軋轢を思えば、どちらが主であるかというテーマは現在でもデリケートな問題として存在している普遍性の高いものであり、考えさせられる。
生々しい主題を描く本作だが、どの章も最終的には一定のハッピーエンドが用意されており、読後感は決して重過ぎない。加えて筆者の妙なギャグセンスが時おり炸裂したりするので、シンプルに娯楽漫画としても楽しめる作品である。作内の漫画タイトルに、
「ぬかずヌルハチ」「ダイナマイト青春」とか付けちゃうのは
これまた一つの才能に違いはあるまい
目にする機会があったら一読をお勧めしたい。そして故人の冥福を心より祈らせていただきます。
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みてきいておもったこと120503
ドラッグストアの酒類コーナーに、ひときわ目立つ鮮やかな赤色の瓶を見つけた。手にとってラベルを確認すると、それは「祝いの赤」なるいも焼酎であることがわかる。と同時に、赤色は本体ではなく瓶の色であること、さらにラベルに記された、
黒麹造り
という、品名と整合しない一文も確認してしまった。実際は「祝いの赤黒白」と称するべきか。ちなみのこの配色をあしらった国旗といえば、
昨年新聞をにぎわせたエジプトである。
GWのさなかだけに、お昼の飲食店はどこも混雑している。何軒か回った末、以前から気になっていた郊外の中華料理屋でようやく腰を落ち着けることが出来た。楽しみに待つ私の席に注文したあんかけ焼きそばが来たのは間もなくであったが、その皿に盛り付けられた麺は、
キッズサイズ以上レディースサイズ未満
と形容するしかない、絶妙かつ悲しいボリュームであった。おそらく盛りを売りにしていないだけで店側に落ち度は何もないし、焼きそばは期待通りに美味しかっただけに、味が悪い以上のもやもやを抱えて店を後にした。
スッキリしない気持ちの時はやはりツッコミスピリッツが全開になってしまう。帰途で見つけた某ステーキ店ののぼりに印刷された「脂肪率○% 低脂肪」のキャッチフレーズにも、
ヘルシアでもあるまいし
特保ステーキでも狙うのだろうか
とつい茶々を入れてしまう、鳥皮大好きな私であった。
宇宙人は電子煙草の夢を見るか
当ブログのデザインを5年慣れ親しんだものから新しいテンプレートに変更してみた。外見的な不満があったわけではないが、現在の一般的な解像度を想定すると右側の余白が少々気になっていた事もあり、今回の変更へと至った。新画面でもご愛顧頂ければ幸いである。
宇宙人が写っているとされる、下の写真をご存知だろうか。
一般的には「FBIに捕まった宇宙人」と認識されているであろう、もはや古典と称してもよい有名な一枚である。1950年に撮影されたと伝えられていたものだが、今年になって何故か真偽(というかネタである事)が明らかになったという。(こちらを参照)写真のどこそこが疑わしいといまさら論ずるのも野暮な話に思えるが、一見しても、
あの体勢や歩幅の差では一緒に歩行すること自体が困難であろう
と、体育祭のオクラホマミキサーを思い出し推論する私であった。
この一枚に匹敵する有名な宇宙人の写真となると、やはりこれではないだろうか。最初の宇宙人がリトルグレイのごとく小柄なのとは対照的に、3メートルを越す巨大生命体である。
Wikipediaによると彼?は、フラットウッズモンスターという名を持ち、正体はフクロウであった、あるいは近くの空港の灯りであったという説が紹介されているが、その形状や背格好を鑑みれば、
塩沢ときさんの可能性
も検討の余地が残っているかもしれない。
FBI宇宙人も3メートル宇宙人も、初出は半世紀以上前の御仁である。この業界も後継者不足は深刻なようだ。
この記事を書くにあたって発掘されたネタ画像たち
宇宙人が写っているとされる、下の写真をご存知だろうか。
一般的には「FBIに捕まった宇宙人」と認識されているであろう、もはや古典と称してもよい有名な一枚である。1950年に撮影されたと伝えられていたものだが、今年になって何故か真偽(というかネタである事)が明らかになったという。(こちらを参照)写真のどこそこが疑わしいといまさら論ずるのも野暮な話に思えるが、一見しても、
あの体勢や歩幅の差では一緒に歩行すること自体が困難であろう
と、体育祭のオクラホマミキサーを思い出し推論する私であった。
この一枚に匹敵する有名な宇宙人の写真となると、やはりこれではないだろうか。最初の宇宙人がリトルグレイのごとく小柄なのとは対照的に、3メートルを越す巨大生命体である。
Wikipediaによると彼?は、フラットウッズモンスターという名を持ち、正体はフクロウであった、あるいは近くの空港の灯りであったという説が紹介されているが、その形状や背格好を鑑みれば、
塩沢ときさんの可能性
も検討の余地が残っているかもしれない。
FBI宇宙人も3メートル宇宙人も、初出は半世紀以上前の御仁である。この業界も後継者不足は深刻なようだ。
この記事を書くにあたって発掘されたネタ画像たち
ドラマ版「孤独のグルメ」
「孤独のグルメ」(原作 久住昌之 作画 谷口ジロー)といえば、一人の男がそこらの店でごく普通にメシを食うだけという地味な内容にもかかわらず、味わいのある心象描写で根強い人気を持つ漫画である。(私が書いた過去の紹介記事はこちら)この不思議なグルメ漫画が、今年になってドラマ化され、先日無事に最終回を迎えた。今回はこのドラマ版の感想を紹介を兼ねて述べてみたい。
主人公である、輸入雑貨の個人貿易商「井之頭五郎」役には松重豊が起用された。このキャストは発表されたときから賛否があり、私自身も相当の違和感を感じてしまったのは確かである。原作では鍛えているものの平均的な体格に描かれている井之頭と、188cmの長身である松重とは、ルックス的にも年齢のイメージ的にも大きな隔たりがあると言わざるを得なかった。
少々の不安を抱きながら第一回を見た私であったが、こうやって記事を書いていることからも判るように、不安は杞憂に終わった。松重演じる井之頭からはやはり原作の雰囲気は感じられなかったし、前半パートを埋める食べ物とは無縁の小芝居、登場する店は全てドラマオリジナルと、原作とは明白に異なるフォーマットを選びながら、視聴後の感覚は紛れもなく「孤独のグルメ」であった。
理由を自分なりに考えてみると、原作でも一貫している(と私が思っている)「食事の満足度は味の良し悪しだけでは決まらない」という主題が、ドラマ内でもぶれていなかったからではないだろうか。食事の楽しさは味そのものだけではなく、場所や時間、シチュエーションでも大きく左右されるというシーンは、釣り堀での食事シーンなど、ドラマ版でも印象的に使われたと思う。また、食事シーンで挟まれる松重のモノローグも、原作のそれと非常に似通っていて、この映像に「孤独のグルメ」としてのテイストを付加するのに大いに寄与している。
実写版井之頭五郎=松重豊
は十分以上の正解だったと私は高く評したい。かつて原作者である久住昌之に、おそらく体格的な理由で、
長島一茂
主演でのオファーがあり、久住はこれを丁重に断ったというエピソードを聞いたことがあったが、それは慧眼だったのかもしれない。
面白いことに、回が進むにつれドラマは原作との類似が増えていき、「男の子の味」「俺は人間火力発電所」などと原作由来の名台詞が頻発する展開となった。そして終盤には、(少なくともネット上では)井之頭五郎の代名詞とも言うべき荒技「アームロック」までもが大方の予想をくつがえし炸裂する爆走ぶりである。
なお犠牲者はモト冬樹の模様である
漫画版同様、万人に評価されうるタイプでは断じてないが、波長の合う人にはどこまでも共感できる味わい深さにあふれるドラマであった。全国ネットでなかったのが非常に残念であったが、DVDBOXの発売も決定しており、興味をもたれた方は一見していただければ幸いである。特にエンディングに流れる謎のコーラス、
ゴロー ゴロー ゴロー
いっのっがしっら フー (※忠実に再現してます)
の怪しさはつい口ずさみたくなる中毒性がある。お勧めである。
主人公である、輸入雑貨の個人貿易商「井之頭五郎」役には松重豊が起用された。このキャストは発表されたときから賛否があり、私自身も相当の違和感を感じてしまったのは確かである。原作では鍛えているものの平均的な体格に描かれている井之頭と、188cmの長身である松重とは、ルックス的にも年齢のイメージ的にも大きな隔たりがあると言わざるを得なかった。
少々の不安を抱きながら第一回を見た私であったが、こうやって記事を書いていることからも判るように、不安は杞憂に終わった。松重演じる井之頭からはやはり原作の雰囲気は感じられなかったし、前半パートを埋める食べ物とは無縁の小芝居、登場する店は全てドラマオリジナルと、原作とは明白に異なるフォーマットを選びながら、視聴後の感覚は紛れもなく「孤独のグルメ」であった。
理由を自分なりに考えてみると、原作でも一貫している(と私が思っている)「食事の満足度は味の良し悪しだけでは決まらない」という主題が、ドラマ内でもぶれていなかったからではないだろうか。食事の楽しさは味そのものだけではなく、場所や時間、シチュエーションでも大きく左右されるというシーンは、釣り堀での食事シーンなど、ドラマ版でも印象的に使われたと思う。また、食事シーンで挟まれる松重のモノローグも、原作のそれと非常に似通っていて、この映像に「孤独のグルメ」としてのテイストを付加するのに大いに寄与している。
実写版井之頭五郎=松重豊
は十分以上の正解だったと私は高く評したい。かつて原作者である久住昌之に、おそらく体格的な理由で、
長島一茂
主演でのオファーがあり、久住はこれを丁重に断ったというエピソードを聞いたことがあったが、それは慧眼だったのかもしれない。
面白いことに、回が進むにつれドラマは原作との類似が増えていき、「男の子の味」「俺は人間火力発電所」などと原作由来の名台詞が頻発する展開となった。そして終盤には、(少なくともネット上では)井之頭五郎の代名詞とも言うべき荒技「アームロック」までもが大方の予想をくつがえし炸裂する爆走ぶりである。
なお犠牲者はモト冬樹の模様である
漫画版同様、万人に評価されうるタイプでは断じてないが、波長の合う人にはどこまでも共感できる味わい深さにあふれるドラマであった。全国ネットでなかったのが非常に残念であったが、DVDBOXの発売も決定しており、興味をもたれた方は一見していただければ幸いである。特にエンディングに流れる謎のコーラス、
ゴロー ゴロー ゴロー
いっのっがしっら フー (※忠実に再現してます)
の怪しさはつい口ずさみたくなる中毒性がある。お勧めである。





