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納豆ESP

私の朝の食卓で出る納豆には、銘柄指定がある

主に母の嗜好によるものであり、割りと売っている店が限定されるローカル品であるため、切らさぬよう買うときは二個まとめてというのが定番なのだが、

時折ダブルブッキングで、4つの納豆が
冷蔵庫の一角を占拠する事がままある


natto.jpg  ※画像はイメージです

それはまあいいのだが、今回は少々事情が異なる。母が買ってきた納豆はいつものと別のメーカーのものであった。

こだわるわりに目先のものに手を出すのはいかがなものか


そうして買った納豆が母の眼鏡にかなわなかった場合、その納豆はつつがなく私の胃袋に収まる手筈となるのだが、幸い今回の納豆は及第点を取ってくれたようだ。安堵しながら朝食をとる私に母が自慢げに言う。

「美味しそうな納豆は見れば判る。だからこれを買ってきたんだ」


パッケージを見て納豆の出来が判るのか。それとも私のあずかり知らぬうちに母は透視能力を体得していたのだろうか。

ESP.jpg 
※画像はイメージです


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背番号でだらだらと

 長嶋茂雄松井秀喜の国民栄誉賞授賞式が5月5日に行われた。両名が現役時の背番号である3番と55番を背負って登場したのを見て、このクラスの大物選手になると背番号そのものが当人のパーソナリティの一部になり得るのだと理屈抜きで実感した。

そして数字そのものに力が宿っているようにも思えてしまう


 それだけに、このような著名選手の背番号を他人が背負うことは、名誉であるのと同時にリスクも少なくない。否応なしに元の選手との比較が発生するのであるから。一部にある永久欠番不要論の根拠として、偉大な選手の背番号を継承する意義を上げる人もいるようだが、永久欠番には

ある意味過重なプレッシャーから選手を守る側面もある

と私は考える。偉大な背番号を継承するにあたっては、ある程度両選手の比較が難しくなる位の時期を開けてからの方が良いのではないだろうか。

 現在、日本のプロ野球での背番号の規定は、「0、00、99以下の整数」と定められている。ちなみに育成選手の場合100番以上が使われることとなり、いままで使われた最大の背番号は「222」である。漫画のように、七夕雪之丞「10000」甲斐孫六「リバース6」などは、当然使用不可である。

tanabata.jpg  mago.jpg
 ただ、野球の歴史を遡ってみると、黎明期のアメリカにおいて、「背番号8分の1」という極めて珍しいナンバーを背負った選手が存在していた。

gaedel.jpg

その名はエディ・ゲーデル、1951年に一打席だけ出場、身長約109㎝のいわゆる低身長症の人間であり、ストライクゾーンの狭さを利用した四球狙いに特化したバッターであった。その結果投手は一球もストライクを入れることが出来ず四球になったが、この打席を最後に、ゲーデルの出場は禁止となり、分数の背番号を持つバッターの出場はこれが最初で最後になった。上述の通り現在の日本プロ野球では分数の背番号は認められていないため再現は不可能であるが、社会人野球あたりでどこかがやってくれないだろうか

エスビーあたりで

5_8.jpg


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イタメタメシにはかなわない

 ここしばらくのうちに、私の行動圏内にある中華料理屋を二件ほど新規開拓できた。ラーメン屋ではなく、歓送迎会で使うような丸テーブルが回るタイプの中華屋でもない、ランチに気軽に入れるメニューと価格設定の店である。ここまで大仰に書くことかと思われるかもしれないが、私の好きな料理、

チャーハンの選択肢が広がること

は、非常に嬉しいことなのだ。

tyahan.jpg  ※画像はイメージです

 「外食行ったらコメ食べたい」主義を昔から信奉していた私(最近はラーメンも好んで食べるようになったが)であるため、ラーメン屋でもチャーハンを注文することのほうが多かった。ただ私好みのチャーハンに出会うことは少なく、巷に流れる俗説「チャーハンで中華料理の腕が分かる」に則れば私の周りの中華料理人はヘボばかりになってしまう。しかし他の料理を食べれば水準以上に美味しいものが出る店が大半なのだから、少なくとも私周辺にはこの法則は当てはまっていない。少なからぬ期間このパラドックスに囚われていた私だったが、ある日唐突にこれは解決してしまう。

ラーメン主体の店であったなら
チャーハンは一緒に食べて美味しいように調整してある


ことに、ラーメンセットを食べて初めて気付いたのだった。米食至上主義者の嵌った死角とも言えるだろう、と言い訳してみる。私としては単品で満足できるチャーハンが理想なので「ラーメンとそれをフォローするサイドメニュー」系でない中華料理店の増加はピンポイントにプラスになる。面白いことに、そういう店でもラーメンセットに付いてくることもある通常のチャーハンは味が薄めで、単品の変わりチャーハン(私が食べたのはにんにくの芽のチャーハンだった)は私好みの素晴らしいチャーハンだった。

ブックオフの清水国明並みにヘビーユーザーになるかもしれない

oomori.jpg  ※画像はイメージです
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プロレス数珠つなぎ ラ・レジスタンス

 世界最大のプロレス団体WWEにおいて繰り広げられるストーリーラインには潜在的に、「アメリカ万歳、アメリカ最高」の精神が根底にある。だからこそ、団体の象徴的存在であるハルク・ホーガンが変身すると、前回紹介したミスター・アメリカになるわけである。逆にヒール(悪役)サイドには、その時代時代の対抗国出身(という設定)のレスラーが登場することも多い。

ソ連だったりイラクだったり

この記事で紹介するグループ「ラ・レジスタンス」も、その典型的な一例であった。

 シルヴァン・グラニエレネ・デュプリが、フランス系タッグチーム「ラ・レジスタンス」を結成したのは2003年のことである。その頃の世相として、イラク侵攻を巡りフランスが国連でアメリカと激しい対立関係を築いていたことが背景にある。二人のプロモーションムービー(下記)も、アメリカの強硬路線を鋭く糾弾する社会派的ヒールを匂わせる構成となっており、毛色の違った面白いコンビが出てきたかと私は期待をしていた。



 しかしこのチームにとっても不運が一つ起きる。周知のとおりイラク戦争はごく短期間にアメリカの勝利で終結、必然的にそれに関した米仏の対立もトーンダウンしてしまった。いわばギミック(キャラクター設定)の元ネタが売り出し直後に消滅したのである。そのせいもあってか、ラ・レジスタンスのキャラクターから社会派的テイストは早々に消え、ナポレオンじみた格好でニヤニヤしながら入場するというトンチキ感丸出しのものになってしまった。

La Resistance  デュプリ(左)とグルニエ

 こんな二人を典型的フランス人と称するのは、「忍者装束にカメラを首から下げた出っ歯の小男」を典型的日本人と称するのと同レベルで間違っているのだろう。ただし、ここまで徹底的に戯画化され、安いキャラとなったゆえに、このタッグは非常に使い勝手がよく、観客からしても気楽にブーイングを飛ばせる存在として認識されたと思われる。後にアメリカ人のロブ・コンウェイの加入もあり末期にはフランス系ギミックすら消滅していたが、ある意味WWEの王道でもある反米系ヒールユニットとして通算4回、約8ヶ月の合計在位期間は立派なものである。当初の通りの社会派ヒールでやっていたらどうなっていたかはもはや想像の中にしか存在しないが、

ベタネタは強いのである

 最後になってしまったが、コンウェイはもちろん、デュプリもグルニエも本当のフランス人ではない。ニセモノと怒るなかれ、

彼らもまた、プロフェッショナルであるのだ



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美談の奥底

 先日の芸能ニュースで、近年ネット界隈で流れている志村けんビートたけしにまつわる美談」を、たけし軍団の一員が公式に否定するというニュースを見た。美談の内容は、「フライデー襲撃事件で謹慎していたたけしや軍団、その家族の金銭的な面倒を志村がみていた」というものであり、信じる前に立ち止まって考えてみると、粗の目立つ創作であることは明白ではあるのだが、ツイッターなどではけっこう真実として流れていたようである。

当時のたけしの月収(年収ではなく)は8桁を超すことも有り
謹慎して即生活苦になるというのは不自然すぎる話だ


実際のところは、とばっちりを恐れてか多くの芸能人が謹慎中のたけしから距離を置く中、何度も会いに来てくれたのは島田洋七だけであり(洋七
単に暇だった説あり)、たけしは今でもこの事を恩に思っているというのが事実っぽい。

 どうしてこの手の作り話がさも本当のように広まるのだろうか。基本的には信じたいものを信じる人間心理の働きであって、以前記事に書いた都市伝説(内容はこちら)と同種のメカニズムなのだろう。加えて、「いい話」というオブラートが、仮に事実でなくとも当事者に実害はないだろうというある種の錯覚を誘い、疑うハードルを大きく下げているように私には思える。例を挙げれば、日韓ワールドカップ当時話題となった、デンマーク代表のトマソン選手と障害を持つ子供との交流エピソード(詳細はこちら)も、後に本人によって事実ではないと証言されてしまった。
tomason01.jpg  tomason02.jpg

私もこの記事を書くまで信じていましたOTL

 トマソン選手の話は本にまでなっている。ぶっちゃけて言えば人は美談を常々求めるものであり、それゆえに「美談ビジネス」も、状況次第で十分に成立してしまうのだろう。これらの情報を調べた私は、あまりに露骨すぎてネット普及前ですら早々にメッキが剥げた美談ビジネス「一杯のかけそば」を連想してしまった。(話の詳細はこちら)いい話しとして評価されると同時進行で多方向からツッコミを受けたこの物語、一番切れのある指摘と思ったのは、

そば屋のネーミングに「北海亭」はないだろう

というやつだった。たしかにラーメン屋系の名前ではある。


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